藍藻の分子生物学−発足当時を振り返って
村田紀夫(基礎生物学研究所)
「藍藻の分子生物学」の研究集会は 1998年から2年ごとに開催され、現在に至っています。当初は基礎生物学研究所で、基生研研究会として行っていました。その後かずさDNA研究所が引き継いで下さいました。これまで、たくさんの研究者の皆様が、オーガナイザーとして、この研究集会の企画・運営・発展に尽力して下さいました。お礼申し上げます。
「藍藻の分子生物学」の研究集会を始めるのにあたっては、2つの理由がありました。
第一に、その当時、国内において、藍藻を材料とする研究は、光合成研究者を中心に、活発に行われていました。例えば、古くは藤田善彦先生のChromatic adaptation の研究や、光化学反応中心の研究、色素間のエネルギー伝達の研究、等など、数えきれない成果が挙げられていました。しかしながら、これらの研究成果はまとまった形で発表されることがなく、学会の年会等で学生やポストドク等によって、ばらばらに発表されていました。そのため国内の藍藻研究の流れを把握し理解することは困難な状態でした。
第二に、その当時の藍藻の研究は、生化学的研究、生物物理学的研究、生理学的研究、比較生物学的研究、分子生物学的研究、などで、それぞれに多くの研究成果を挙げていました。そのような状況の中で、ブレイクスルーとなる研究が 1996年に発表されました。それは、かずさDNA研究所の田畑哲之博士(現所長)のグループが DNA Researchに発表した「Sequence Analysis of the Genome of the Unicellular Cyanobacterium Synechocystis sp. Strain PCC6803. II. Sequence Determination of the Entire Genome and Assignment of Potential Protein-coding Regions」でした。この研究成果により、Synechocystisが持っている全ての遺伝子がラインナップされ、藍藻研究の様相は一変しました。明らかになった遺伝子とその産物によって、藍藻の示す現象は全て説明出来ると考えられるようになったのです。
このような状況の下で、藍藻の研究者が日本の中で進行中の藍藻にかかわる研究を一度に理解できるようにするため、そしてゲノムと遺伝子の情報を出来るだけ有効に活用するために、「藍藻の分子生物学」の研究集会を2年に1度開催ことにしました。研究集会では、国内で藍藻を研究している全ての研究室の代表者が、過去2年間の研究成果と今後の抱負を発表することにしました。そして、最高レベルの成果の発表と密度の高い討論を目的としました。最近は大学院生やポストドクのポスター発表も行われているようですが、それは補助的な物と考え、最高レベルの研究成果の発表と討論を行うという本来の目的を忘れないで欲しいと思っています。
この場を借りて、私が日頃考えていることを書かせて頂きたいと思います。藍藻はとても興味深い生物(いきもの)で、いろいろな顔を持っています。例えば、原核生物なのに光合成をする、葉緑体と類似した構造と機能を持ち、葉緑体の起源とも考えられる、などなど。ですから、「藍藻は面白い、だから藍藻を徹底的に研究する。」で、もちろん良いのです。しかし、時には大局に立ち返って考えて欲しいのです。我々は藍藻の研究を通して、生物がなんたるかを研究しているはずです。藍藻の研究者であるとともに、生物の研究者でもあるのです。そして、藍藻の研究の中に生物に共通する新しい理論を発見するチャンスがあることを忘れないで欲しいのです。生物学上の重要な発見をして、「藍藻を使っていたからこそ、このような素晴らしい生物学上の発見が出来たんだ。」と自慢出来たら、どんなにか楽しいことではないでしょうか。それこそ、藍藻研究の素晴らしさではないでしょうか。
2015年7月4日