ピーマンの光合成実験の解説

ピーマンの実やスイカの皮が光合成するかを実際に確かめた公開実験の定量的な解析をここに示します。実験の概略を知りたい方は「ピーマンの実やスイカの皮は光合成をするか?」をご覧下さい。

参加者による予想の分析

公開実験の参加者の内訳まず始めに、参加者の構成を見てみたいと思います。学生・一般と答えた方が、101名と過半数を占め、残りは中学生以下27名、高校生22名、大学院生・教官が17名でした(図1)。このうち、最後の大学院生・教官は、多くが先端生命科学専攻の学生と教官なので、生物の知識は、(本来は)充分持っているはずの人々です。これらの参加者の皆さんに聞いた、光合成をするか、しないかに関する予想の分布を見てみましょう(図2)。凡例は右下のスイカの皮の黒い部分の図を見てください。

これを見てわかるのは、鉢植えの草の葉の回答のほとんどが「光合成をする」になっている以外は、かなりばらついていることです。市販のホウレンソウとピーマンでは「光合成をする」が過半数を占める一方で、ホウレンソウのお浸しとジュースは「光合成をしない」が過半数を占めています。その他のものでは、特にどれがずば抜けて多いとも言えません。赤ピーマンの実の場合などはきれいに1/3ずつにわかれています。光合成実験の参加者の予想

これを回答者の階層別に分けて各々の回答の割合(%)を見たのが次の表です。

※下の表は水平方向にスクロールできます。

階層 光合成 鉢植え ホウレンソウ お浸し ジュース ピーマン 赤ピーマン 枝豆の莢 スイカ緑 スイカ黒
中学生以下 する 85.2 22.2 19.2 18.5 70.4 22.2 44.4 37.0 22.2
少し 7.4 37.0 11.5 14.8 14.8 40.7 37.0 44.4 29.6
しない 7.4 40.7 69.2 66.7 14.8 37.0 18.5 18.5 48.1
高校生 する 100.0 40.9 13.6 14.3 66.7 28.6 52.4 38.1 28.6
少し 0.0 45.5 18.2 19.0 19.0 19.0 14.3 47.6 14.3
しない 0.0 13.6 68.2 66.7 14.3 52.4 33.3 14.3 57.1
大学・一般 する 99.0 59.0 9.0 22.2 67.3 39.0 50.5 57.0 40.0
少し 1.0 24.0 17.0 26.3 16.8 25.0 26.3 21.0 23.0
しない 0.0 17.0 74.0 51.5 15.8 36.0 23.2 22.0 37.0
大学院・教員 する 100.0 76.5 5.6 27.8 50.0 27.8 41.2 41.2 17.6
少し 0.0 17.6 11.1 16.7 22.2 16.7 41.2 17.6 29.4
しない 0.0 5.9 83.3 55.6 27.8 55.6 17.6 41.2 52.9

サンプル数が必ずしも多くはない(図1参照)のですが、階層分布に特徴のある点について簡単に考えてみます。鉢植えの草の葉については、ほとんどが光合成をするとのご意見だった中で、中学生以下には「ちょっとする」、「しない」という答えがちらほら混ざっていました。これは植物の成長が全面的に光合成に依存しているとの概念が、中学生ではまだしっかりしていないのかも知れません。八百屋さんで買ってきた(根っこのない)ホウレンソウで光合成をしていると答えた人の割合は、中学生から大学院・教員にかけてきれいな勾配ができていました。これは、最初は植物体全体の機能として漠然と光合成を教えるのに対して、後になるほど、局所的で細かいメカニズムを教えるようになるため、光合成の場は葉緑体であって葉っぱさえあれば光合成ができる、と考えるようになっていくでしょう。

ホウレンソウのお浸しが光合成をしない、との答えは、大学院・教員で他に比べて高くなっています。これは、生化学の研究では酵素の熱失活は重大な問題で、熱を加えると酵素(タンパク質)の機能は失われるという概念が、特に大学院以降は浸透していることを反映しているのだと思います。逆に、ピーマンが光合成をする、と答えた人の割合は、大学院・教員で他に比べて低くなっています。これは、葉が光合成器官であるとの既成概念に縛られてしまうせいでしょうか。この他、スイカの縞の黒い部分で光合成をすると答えた人の割合は、大学生・一般で高く、大学院・教員で低くなっていました。これは、大学院生などでは、「黒=クロロフィルではない=光合成をしない」といった教条的な連想が働いたのに対して、一般の方は、スイカをちゃんと眺めて、黒い部分は、実は緑色が濃くなって黒く見えるだけなのに気がついた、もしくは知っていた、のかも知れません。

いずれにしろ、大学院生・教員も含めて、全問正解者の割合はきわめて低い結果になりました。

今回の公開実験で何を測ったか

今回の公開実験では、クロロフィルからの蛍光の強さの変化を測定しました。光合成では、クロロフィルなどの色素が光のエネルギーを吸収して、そのエネルギーを光合成に使いますが、光合成に使われなかったエネルギーの一部は再び光として放出されることがあります。この再放出される光が蛍光です。従って、光合成が盛んなときには、そちらにエネルギーが行きますので、蛍光にはあまりなりませんし、光合成が止まると、エネルギーがあまって、蛍光の強さは増します。つまり、蛍光の強さと光合成はおおざっぱにいって反比例することになります。暗いところでは、すぐにでも光合成できる状態にあるので、蛍光測定のための光が当たっても蛍光の強さは低くなっていますが、光合成が飽和するような光が同時に当たっていると、それ以上光合成にエネルギーを回すわけにはいかないので、蛍光の強さは上昇します。つまり、、光合成が飽和するような光を当てる前と後の蛍光強度の差Fvが光合成の効率を示すことになりますが、蛍光の強度自体は、クロロフィルの量に依存しますので、このFvを、光を当てたときの蛍光強度Fmで割ってノーマライズした値Fv/Fmを光合成の効率の指標としました

実際には、このFv/Fmは、光合成の2つの光化学系のうち、光化学系IIの潜在的な最大効率を示しています。この値は、あくまで効率であって、光合成速度の絶対値ではないことに注意してください。どれだけたくさん光合成をしているかではなく、いわば、どれだけ生きがよいかを示しているようなものです。このFv/Fmとは別に、公開実験の後、実効量子収率と呼ばれる指標も測定してみました。この実効量子収率は、ある一定の光の下で、光化学系II,光化学系Iを通した電子伝達全体の効率を示しています。従って、この値の方が、実際の光合成速度とより相関があります。

なお、実際の測定には、単に光を当てて蛍光を測るのではなく、パルス状の光を繰り返し当てて蛍光を測定する「パルス変調法」と呼ばれる測定方法を使いました。これについては、やや専門的になりますがオンライン教科書がありますので、詳しく知りたい方はこちらをご覧になって下さい。

実際の実験結果

公開実験では、蛍光の強度変化をパソコンのモニターで確認しただけで、特に定量化しませんでしたが、公開実験終了後に、きちんと測定して定量化しました。その結果が次の表です。実効量子収率は50 μmol/m2/sの光の下で測定しました。この光の強さは、夏の直射日光の1/40ぐらいで、曇り空の野外ぐらいの光環境であると考えればよいかと思います。なお、鉢植えは、光合成するのが当たり前であるので測定せず、ジュースに関しては、時間と共に変動したので、これも測定しませんでした。その代わりに、赤ピーマンのへたの部分と、枝豆の莢の中の豆の部分を測定してみました。また、最近、ホームページを見た方からナスの皮からクロロフィルを抽出したという話を伺って、ナスの皮の結果を追加しました。

※下の表は水平方向にスクロールできます。

パラメータ ホウレンソウ お浸し ピーマン 赤ピーマン 赤ピーマンのへた 枝豆の莢 枝豆の豆 スイカ緑 スイカ黒 ナスの皮
Fv/Fm 0.768 0.000 0.758 0.000 0.705 0.731 0.470 0.796 0.753 0.775
実効量子収率 0.699 0.000 0.510 0.000 0.498 0.619 0.060 0.714 0.631 0.726

通常、Fv/Fmは元気のよい葉では0.8ぐらいになるとされています。ホウレンソウでこれよりも少し低いのは、公開実験の終了後に測定したため、少し生きが悪くなっていたせいかと思われます。ピーマン、赤ピーマンのへた、枝豆の莢、スイカの緑色の部分、スイカの黒の部分、ナスの皮は、すべて、ホウレンソウと同じ程度のFv/Fmを持っていました。枝豆の実はFv/Fmが他のものに比べてかなり低いですが、それでも、無視できない大きさです。これらの測定により全ての緑色の部分が光化学系IIを持っていることがわかります。また、ナスの皮も光合成能を持っていますが、一見紫色に見えるナスも、実はクロロフィルを持っていることによります。一般に、クロロフィルは、むやみに光を吸収してそのエネルギーが生体の物質を壊したりするといけないので、植物の中では単独の分子としてはほとんど存在せず、タンパク質と結合した状態で存在するとされます。クロロフィルタンパク質複合体の一部は光化学系IIとして存在しているのでしょう。一方、お浸しと赤ピーマンではFv/Fmが0でした。これは、前者ではタンパク質が熱失活しているため、後者ではそもそもクロロフィルがほとんど含まれていないためと考えられます。

さて、次に実効量子収率の方を見てみましょう。実効量子収率は必ず最大効率を示すFv/Fmよりは小さくなりますから、当然お浸しと赤ピーマンでは0になります。その他のものの実効量子収率を見ると、0.5から0.7ぐらいで、きちんと電子伝達反応が起こっていることがわかります。つまり、光化学系IIだけでなく、系Iやb/f複合体といった電子伝達の成分もあることを意味しています。唯一の例外が枝豆の実で、実効量子収率が0.1以下と、極端に小さくなっています。これは、光化学系IIはある程度あるものの、系Iやb/f複合体などの電子伝達成分を構成する他の成分が少ないか、または機能していないと考えられます。

葉にせよ、莢にせよ、ピーマン、スイカ、ナスにせよ、他のものは光が当たる環境にあるのに対して、枝豆の実は、莢に包まれていて、普段はきわめて弱い光しか当たらないと考えられます。つまり、電子伝達をしたくても、通常では光が弱すぎて、電子伝達の成分を持っていても使えない環境にあるわけです。そのような状況では、光を捕集する部分(アンテナ)はある程度持っているとしても、それ以外のb/f複合体などの電子伝達の成分はほんのわずかで足りるはずです。そのような成分は必要がないので、ほんのわずかしか持っていないのでしょう。実験では莢を剥いて無理矢理光を当てたので、それらの成分が足りなくなったと考えれば納得できます。光合成系の色素、タンパク質の中には、光のシグナルが無いと合成されないものがありますから、メカニズムとしては、光が弱すぎるために、光合成系が十分できなかったと解釈できるかも知れません。

さて、いずれにせよ、実効量子収率が比較的弱光での測定だったとはいえ、0.5以上だったことは、スイカの皮やピーマンの実などでの光合成が、個体や実の生長に充分寄与しうるものであると言えると思います。赤ピーマンに限らず、色の付いた実では、多くのものが未熟な状態では緑色をしています。これらは、少しでも光合成をしておけば生存競争の上で有利になることを反映しているのかも知れません。

終わりに

今回は、パルス変調蛍光測定装置というものを使って簡単な実験をしてみましたが、案外といろいろな情報が得られました。このような実験はやってみると発見がある場合があります。今後も、いろいろな実験を考えたいと思っています。例えば、上記の枝豆の豆に関する考察が正しければ、メロンの皮の内側の緑色の部分などでも同じようなことが起こっているはずです。また、測定時の光の強さを変えて光合成の飽和曲線をとれば、その飽和する点がより弱い光の方へずれているはずです。そのような検討をしてみるのもよいかも知れません。何か、ご提案、質問などがありましたら、光合成質問箱などから、ご意見をお寄せいただければと思います。