生命応答戦略科学 第1回講義

生物のエネルギー獲得様式

第1回の講義では、生物とエネルギーの関係についてATPの合成を中心に解説しました。以下に寄せられた感想および質問と、必要に応じてそれに対する答えを掲載します。


Q:日本の夏、日なたにある石ころは火傷しそうなほど熱い。この石ころは間違いなく太陽の光からエネルギーを獲得している。しかし、石ころは石ころのままであり、なんらケミカルな反応はおこしていない。地球の表面で行われているエネルギーのやり取りのほとんどは、この石ころのように、ケミカルな反応とは無縁の世界で行われている。
 生物のオリジナルなエネルギー獲得様式の一番の特徴は、段階的・回路的な反応で尚かつエネルギー効率がいいとかそういうことではなく、石ころとは違うケミカルな反応でエネルギーを獲得していることだと思う。生物のオリジナリティーを主張するなら、その点を強調するところから始めた方がよい。

A:ふーむなるほど。それでは、第2回の講義では、光エネルギーの獲得と変換に焦点を当ててみましょうか。


Q:エネルギー代謝は受験勉強のとき以来だったので,基礎的な内容を復習できてよかったと思います.糖と脂肪の代謝経路の違いや発酵経路など,漠然と把握していた知識を再確認することが出来ました.生物の勉強は今まで独学だったので,講義で内容を確認できて,頭の中で内容がきちんと整理できたと思います.無限ループのように見えてそうでなく,きちんとしたエネルギー反応理論のもとにエネルギーの生成およびその保存が行なわれている生細胞の仕組みに面白みを感じました.講義のレベルは今週と同程度がよいと思いました.前期の授業は専門性が高くて,もっと基礎的なことを習ってみたいと個人的には感じていたので.

A:講義のレベルは同程度にしてみようかと思っています。下を見てもらえればわかりますが、「難しかった」という意見と、「やさしすぎ」という意見が両方あります。どう考えても、全員が満足するレベルというのはなさそうです。


Q:初回の授業ということで、最初から丁寧に説明していただけたことが良かったです。高校や大学である程度は勉強していましたが、忘れていたことも随分多いことに気付きました。
 エネルギーを効率良く獲得するため生物は複雑な代謝経路を保持しているとのことでしたが、どのようにして生物がそういった複雑な経路を組み立てていたのかを知りたいと思いました。実際にATPaseの回転の映像を見られたことも面白かったです。

 A:「複雑な経路を組み立てていたのか」というのは、体の中でどのように作るのかという話でしょうか?それとも、進化の過程でどのように獲得したかという話でしょうか?進化の話はこれからいくつかは取り上げる予定です。

Q:授業で先生が言われたように、生命のエネルギー獲得現象への理解は直接、今行っている研究に必要とされることはありません。しかしながら、すべての生物に共通した基本現象であり、先端研究の基本となる、ある意味では応用範囲の非常に広い重要な研究領域であると考えています。その意味で、第1回めの講議を大変面白く聞かせて頂きました。スライド等 Visualなものが沢山あり、植物を専門としていない者にとっても、わかりやすい講議でした。できれば、後の勉強のために、スライドで利用された図表等の出典をスライドの端やHPなどに表示して頂けると参考になります。
 講議の中の"2つの光化学系の必要性"に対して高等植物の利点として、より広い波長の光をキャッチすることが可能、という光の面ばかりに目を奪われていましたが、酸素の酸化とNADPの還元という反応系側からの新たな視点を得たことは、大きな収穫でした。これからも、生命現象に対する多角視野をもった講議を期待しています。

A:そうですね。いつも出典を言おうと思っていて忘れてしまいます。代謝経路の図などは、南江堂から出ている「Essential細胞生物学」というのを参考にしました。僕の知り合いが訳者の一人なのですが、ビジュアルな図が多くて僕のお気に入りです。


Q:光合成と呼吸についていい復習になりました。また、「活性化エネルギーを下げるために多段階反応にする」ということも、興味深い点でした。現在の太陽光発電では、バンド幅が太陽光に近い半導体の電子を励起させて、起電力を発生しています。この起電力を使ってCO2を糖などに変換する際、植物の行為は参考になると感じました。工業的に応用するためには、酵素を人工合成する必要がありますが。

A:人工的な光合成に関しては、太陽電池とは別に、電子受容体と電子供与体を1つの分子に納めて、光をあてて電荷分離を行なわせる研究がだいぶ進んでいます。ただ、植物の電荷分離の効率を実現するのは、まだ夢の段階のようです。


Q:1回目の授業で興味深かったのは、ATP合成酵素の回転です。これまで生化学の参考書などで酸化的リン酸化について記述されている内容では、プロトンの濃度勾配をつくるところまでで、そこからATPができる過程は記述されていません。今回の授業で3つのドメインが回転しながら構造を変化させ、それによりATPが合成されているというのがわかりました。生物が電力をエネルギー産生へ利用しているのがとても興味深いです。

A:ATP合成酵素が回るのを見るのはなんといってもインパクトがありますね。回転のビデオなどは東工大の吉田・久堀研究室のホームページに載っているので、興味があればそちらも見てください。


Q:私は出芽酵母を用いて減数分裂期特異的に起こるホーミングの研究をしています。減数分裂にはミトコンドリアの酸素呼吸機能が不可欠であるため、正常なミトコンドリアを持つ酵母をセレクションするのにグリセロール培地を用います。生体内ではミトコンドリアの脂質分解系で生じたグリセロールがグリセロールキナーゼ、グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼの働きでジヒドロキシアセトンリン酸に変えられ、解糖系の途中から代謝経路に導入されます。グリセロール培地で酵母をセレクションする際、すでにグリセロールが存在するわけですから、ミトコンドリアで機能すると思われるグリセロールキナーゼ、グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼがうまく働かないものは生育できないため、正常なミトコンドリアを持つ酵母をセレクションできるということなのでしょうか?

A:セレクションを「しない」時に何を使うのかがポイントです。おそらくグルコース培地でしょうか。生物には、自分の体を作る炭素源と自分の体を動かすエネルギー源が必要です。グルコースもグリセロールも、炭素源にはなり得ます。しかしグリセロールは呼吸の基質にはなりません。ですから、グリセロール培地というのは、セレクションという観点から見た場合は、「グリセロールがある培地」なのではなく「グルコースがない培地」なのです。グルコースがないと呼吸はできないので、ミトコンドリアに異常があると検出できるのだと思います。


Q:第一回目の講義は、生物がどのように外界のエネルギーを獲得しているかについてであった。特に興味をもったのは、ミトコンドリア内膜のATP合成酵素のの回転を実証した実験のビデオである。回っている酵素自体を見るのではなく、酵素に結合させたアクチン繊維が相対的に回るのを観察するという発想がとてもユニークだった。研究には、このような柔軟な発想が重要なのだと改めて考えさせられた。今後も、このような実際の実験を紹介していただけるととても楽しく学べると思う。

A:実際の実験の結果はなるべく入れるつもりですが、ATP合成酵素の回転のような、目で見てインパクトのあるビデオは、そんなにたくさんあるわけではないので...


Q:今回の授業はこれからの授業の基礎となる部分になると思われるのでしかないとは思いますが、、一般的な内容で、正直あまり面白くなかったです。しかし、ATP合成酵素が回転するという発想と、それを巧みに証明してみせた研究が興味を引かれました。今後も、このような今では当たり前となっているけど重要なことの発見の様子や、最新の面白い研究のデーターなどを交えながら授業をしていただくとより興味をもって聞くことができると思います。授業のスピードはもう少し速くても理解できると思います。

A:一番上の感想の中での意見のように、「基礎的な話がよい」という意見も一方であり、難しいですね。スピードについても、苦手な人だと理解するのが大変だという意見もあり、基本的には中庸を取るしかないように思います。講義の前半は、主に基礎的な内容にし、後半に研究紹介を取り上げていくようにしようかと考えています。


Q:生命体が活動する上で行なっているエネルギー代謝について解糖系やクエン酸回路など種々の酵素によって精巧に行なわれているのは驚くべき事であり、それを詳細に解析して明らかにする科学者も凄い。しかし、なかでもATP合成酵素の回転を確かめた実験の映像が衝撃的であった。例えばミトコンドリアにおけるエネルギー代謝の様子を図で説明されてもいまいちピンと来ないが、そのような細胞レベルの生命活動を可視化されると何より説得力がある。まさに百聞は一見にしかずとはこの事である。私は植物ウイルスについて研究を行なっているが、ウイルスの感染や複製の様子を映像にして見せることが出来たら、と夢が膨らむ。

A:確かに、「目に見える」というのは大きいですね。昔はいざ知らず現在は、大学の研究にも外部への説明責任が求められています。そのような場合に、ビデオなどを使えるとやはり強いですね。


Q:酸化還元電位、エネルギー代謝といった、私の苦手とする分野ばかりだったので、理解するのが大変でした。今回の講議で印象に残ったのは、なぜ酸素発生には二つの光化学系が必要か?ということです。水を酸化し、NADPを還元するために光化学系が二つ必要であったという話の進め方が、新鮮でした。今までは光化学系は二つあって、その結果酸素とNADPHができるのだと、当たり前のように思っていたので、なぜ二つ必要なのかということは考えもしなかったです。物事を深く考えない自分を発見したので、もう少し勉強しようと思いました。次の講義も参加します。

A:そうですね。基本的に、当たり前のことでも立ち止まって「なぜ」と考えてみることは非常に重要だと思います。なるべく、研究における「なぜ」の重要性を紹介できるような講義にしていきたいと考えています。