植物生理生化学特論 第12回講義

ステート遷移のメカニズム

第12回の講義では、ステート遷移の具体的なメカニズムについて、シアノバクテリアの系統プロファイリング解析を利用して発見した新奇因子の研究例を解説しました。以下に寄せられたレポートとそれに対するコメントを載せておきます。


Q:今回の講義では、slr0244は1番目のUSPドメインにATP結合部位をもち、自己リン酸化機能をもつことが紹介された。従って、slr0244はGタンパク質受容体のように、シグナル伝達のスイッチングにはたらく可能性がある。では、slr0244のATP結合部位がシグナル伝達に関わることを証明するためには、どのような実験系が考えられるだろうか。まず、slr0244の自己リン酸化機能を破壊(あるいは阻害)して、ATPを結合したままにする。ATP結合slr0244をカラムに固定して、クロマトグラフィーを行い、葉緑体内部に存在する物質の中から、ATP結合slr0244と結合する物質を補足・特定する。しかし、ATPは多様な物質と結合するため、この方法で補足されただけでは、ATP結合slr0244と相互作用するとは言えない。従って、FRETを利用して、 ATP結合slr0244と補足された物質が、実際に相互作用しているかを確かめることが必要だと考えられる。

A:複数の情報が混在しているように見えます。Gタンパク質受容体の場合は、シグナルが入るとGタンパク質の結合GDPがリン酸化される一方、その加水分解活性によって徐々に結合GTPがGDPに戻り、かつ、GTPとGDPの交換反応を促進する因子が働く、というようなメカニズムがあります。そのストーリーのどこまでがSlr0244に適用できると考えているのかの作業仮説を明確にしてから、実験系を考えた方がよいように思いました。


Q:呼吸の電子伝達と光合成の電子伝達が、シアノバクテリアでは繋がっており、呼吸の電子伝達を止めることでプラストキノンプールの酸化還元状態が光の状態に対して正しく反映されないと習った(認識が合っているか不安ですが)。プラストキノンプールの酸化還元状態が偏ると、様々な問題が考えられ得るが活性酸素が過剰になる可能性もあると思う。少し話が変わるが、時計に関連する遺伝子の欠損により生育が大幅に落ちることが知られている。シアノバクテリアの生育は光合成に大きく依存することが考えられるので、生育が落ちる原因としてもともと中枢時計の影響を受けて、概日的に発現していた光合成に関与する遺伝子が、概日リズムを失ったことにより効率よく光合成ができなくなったことが考えられる。もう1つ考えられるのは、光の影響でできた活性酸素からの影響を抑制する機構があり、それが概日的に発現していたが、それが正しく発現しなくなったことで活性酸素の影響をもろに受けてしまうことによる生育の低下の可能性があると思う。これらを総合して考えると、呼吸の電子伝達を止めるなどしてプラストキノンプールの酸化還元状態を偏らせると、これまで概日的に発現していた活性酸素を減らすための機構を常に発現できるように進化し、概日時計を手放す可能性もあるのかなと考えた。ただし、それ以前に光合成の効率低下などの理由により死滅してしまう可能性も高いかもしれない。

A:いろいろな可能性が考えていてよいと思います。その他の可能性として、時計のシグナル伝達とその他のシグナル伝達の間のクロストークもあるかもしれません。シアノバクテリアでは、二成分制御系がシグナル伝達に重要な役割を果たしていますが、それらの伝達系は、必ずしも一本道ではなく、お互いに交差する場合があるようです。そのような際に、「時計に関連する遺伝子の欠損」が、思ってもみなかった結果をもたらす可能性があるように思えました。


Q:Redox Regulation in Synechocystis sp. PCC 6803: The lecture highlighted the complexity of redox regulation in Synechocystis, a model cyanobacterium. Photosynthesis involves the reduction of carbon dioxide to carbohydrates, while respiration involves the oxidation of carbohydrates to carbon dioxide, both processes heavily reliant on redox reactions. In addition, the lecture emphasized two primary redox regulation systems: the thioredoxin (Trx) system and the plastoquinone (PQ) redox system.
Critical Thinking: Role of the NDH Complex: Research presented in the lecture revealed that the PQ pool remains oxidized even in the dark, unlike in wild-type cells being reduced. This inspiring finding indicates that the NDH complex plays an important role in the reduction of the PQ pool and in the regulation of photosynthetic efficiency. Also, the NDH complex's impact on the redox state of NADPH was also highlighted. In NDH mutants, the NADPH pool tends to be more reduced compared to wild-type cells, indicating a disruption in the equilibrium typically maintained by the NDH complex. This disruption affects the overall redox balance and can lead to impaired photosynthetic performance under certain conditions.
Research Connection: Recent research has further explored the role of the NDH complex and other regulatory mechanisms in cyanobacterial photosynthesis. To be specific, these studies build upon the foundational knowledge presented in the lecture by exploring genetic and biotechnological approaches to optimize redox regulation in cyanobacteria. From my point of perspective, they highlight the potential for improving photosynthetic performance and stress resilience through targeted manipulation of redox-regulatory pathways.

A:Again, I must emphasize that the report required for this lecture is not the summary of the lecture, but your own logical discussion.


Q:今回の講義ではプラストキノンが呼吸と光合成の両方に相互作用すると聞いて驚きだった。どちらも植物にとって極めて重要な機能であるため、相互作用する上で何か欠点は無いのだろうか。例えば、光合成によるATP合成と呼吸によるATP合成で競合が起こってしまい、細胞へのエネルギー供給のバランスが乱れることが考えられる。その為、なんらかの方法でこのエネルギーのバランスを調節していることが分かる。残念ながら、プラストキノンのエネルギー競合の調節についての論文は見つけることはできなかった。予想としては、遺伝子発現による調節、代謝経路による調節、タンパク質の修飾についてあげられる。恐らく、環境条件やストレス条件の変化に対応しなければいけないので、単一ではなく複数の調節機能によって制御されていると推測する。

A:プラストキノンの場合、二つのエネルギー代謝反応(呼吸と光合成)の接点にいますが、どちらの代謝でも、プラストキノンを通る電子がATP合成に寄与するという点では同じです。つまり、ある意味で(例えばネガティブフィードバック阻害により)過剰にならないようなブレーキさえかかれば、特に大きな困難は生じないという可能性も考えられるかもしれません。他方、物質代謝として考えた場合、呼吸と光合成は逆反応になります。この場合は、同時に進行したら無駄以外の何物でもないので、そのような制御はきちんとされていると考えられます。


Q:講義では遺伝子プロファイリング解析の結果から、フィコビリソームをもたない3属8種のシアノバクテリアに共通して発現せず、他属のほとんどのシアノバクテリアでは発現している遺伝子のうちslr0244について学んだ。slr0244が取り上げられた理由はフィコビリソームとの関連がわかっておらず、機能未知であったからということだった。同じような遺伝子はもう一つあり、私はこちらの遺伝子について気になった。その遺伝子はsll0021で、エキソヌクレアーゼに関する機能を持つのではないかとされている。エキソヌクレアーゼは配列を切断する酵素であり、この時にリン酸を放出する。リン酸は生存に欠かせない重要な存在であることから、もしこの遺伝子がヌクレアーゼの働きを活性化/抑制するなどの働きを持つとしたら、他属のシアノと比較して3属8種のシアノの生育に何かしらの違いが出る可能性があると考えられた。たとえばヌクレアーゼが働きにくくなっていたとした場合、遺伝的に不安定になり容易に変異が入りやすいなどの傾向があるかもしれない。またリン酸そのものは植物で成長を促進する働きをすることから、この種のシアノバクテリアは成長速度が早い、などの特徴があったら非常に興味深いと感じる。

A:確かに、もう一つの候補も面白いと思います。ヌクレアーゼの働きをどのように考えらばよいのか、という点がその場合の焦点になると思います。ただ、ヌクレアーゼというアノテーションはあくまで一次配列上のものですから、完全に信頼はできないと思います。


Q:考察を書くための講義で教えていただいた前提知識を最初に書く。プラストキノンからのシグナル伝達の因子を見つけるために、シアノバクテリアの系統プロファイリング解析をした。フィコビリソームを持たないシアノバクテリアが持たない遺伝子のうち、フィコビリソームを持つシアノバクテリアが持つ遺伝子を探した。そこで、フィコビリソームを持つシアノバクテリア107種のうち、104種が持つ遺伝子に機能未知の遺伝子があることが分かった。この遺伝子は立体構造を見ると2つのシステインが比較的近い位置にあり、他の生物でも同じモチーフを持つ遺伝子に関しても同位置のシステインが保存されたいた。これは、シアノバクテリアのレドックス制御である、Thioredoxinシステムに用いられるされる、ジスルフィド結合の結合状態による活性化制御と同様の仕組みであると考えられる。ここで、ジスルフィド結合がプラストキノンからのシグナル伝達に関わっていることを明らかにする実験手法を考えたい。まず、1つ目は、対象の遺伝子であるslr0244について、システイン部分を1アミノ酸置換させる変異体を作ることを考える。野生型のシステインをシステイン以外のアミノ酸に置換することで、活性化制御が行えなくなるため、レドックス状態に関する表現型がΔslr0244と同様になることが予想される。ただ、ここで1アミノ酸置換によって、別の機能が阻害された可能性もあるため、この実験だけでシグナル伝達へ関わっていると断言はできないと考える。2つ目は、直接的な実験ではないが、他の生物の同じモチーフを持つアミノ酸に関しても立体構造をAlfafoldなどで確認し、システインが近い位置に存在しているか確認するということが挙げられる。この2つ目に関しては、同じモチーフを持ち、同位置のシステインが保存している遺伝子について、立体的にシステインが近い場合には、このシステインが同じような機構の制御に働いている可能性を示唆することができるかもしれない。

A:よく考えていてよいと思います。1つ目の方法が常道でしょう。2つ目の方法は、「示唆」という言葉が適切に使われているように、きわめて間接的ですが、仮説をサポートすることにはなると思います。


Q:今回の授業で、slr0244がステート遷移の調節因子として、作用していることを学んだ。一方でこれが具体的にどの段階でどのように使用されているのかということが明確ではないということが分かった。そのことから、これを調べるために必要な実験を考えた。授業内でもあった通り、slr0244が関わっていると考えられる部分はいくつかあった。slr0244が作用する部分の遺伝子欠損個体を作成し、その個体の光合成量および呼吸量を調べ、通常の個体と比較する。通常の個体と比較して、ステート遷移が行われていないと考えられる個体があれば、その個体で欠損させた遺伝子の部分に対し、作用していると考えられる。具体的には、現在の仮説として示されている、PQが行う制御とステート遷移が起こるまでの間の遺伝子や、TrxAを放出する遺伝子などである。

A:「slr0244が作用する部分の遺伝子欠損個体」というのがよくわかりませんでした。相互作用する相手のタンパク質をコードする遺伝子、という意味でしょうか。そうだとすると、欠損株を作る前に、何と相互作用するのかをまず明らかにする必要がありそうです。最後に「PQが行う制御とステート遷移が起こるまでの間の遺伝子」とありますが、そこに何が働いているのは、現時点では全く不明なのです。


Q:今回の講義では、ステート遷移のメカニズムについて学んだ。その中で、PQプールの酸化はクロロフィル蛍光に誘導されることより、光合成を直接阻害することを利用した阻害剤について興味をもった。DCMUは光合成阻害型の除草剤で、プラストキノンのQB部位に結合することで光合成の電子伝達反応を阻害する。これは世間一般でも広く流通しており、毒性はほとんどなく使用方法を遵守すれば安全性が確保されていると言われている。使用量は10 aあたり70~2000 gと幅広く、一年草よりも多年草の除草は難しいことがわかった。この理由として、多年草は根だけでも残っていれば再度成長するため、完全に除草するためには根本から枯らす必要があると思われる。プラストキノンは葉緑体とシアノバクテリアに存在するキノンのため、DCMUでは根を枯らすことが難しく完全に地上部を枯らすために大量のDCMUが必要なのではないかと考えられる。つまり、DCMUだけでは植物全体を完全に枯死させることはできないのではないかと予想される。
参考文献:https://www.jcpa.or.jp/labo/anzen/pdf/nj08i.pdf、https://www.mbc-g.co.jp/product/karmex-d/

A:これは目の付け所が非常に面白いと思います。確かに、根には葉緑体がないので、DCMUは効かないのではないかと思いますが、それを一年草と多年草の違いに結び付けて考えたことはありませんでした。ユニークな発想で素晴らしいと思います。


Q:今回の授業ではシアノバクテリアの対象の遺伝子を破壊して変異株を作る話があった。授業で紹介された方法に比べてより正確に遺伝子に変異を加える方法としてCRISPR/CAS9を提案する。CRISPR/CAS9は薬剤を注入して遺伝子を削り、配列の変異や切断を行う。目標の遺伝子に対して特異的に作用することも知られている。今回の例で言えば光合成の代謝や反応を司る遺伝子の上流を標的することで特異的に光合成に関する代謝系に変異を与えることができると考える。

A:「提案する」という割には、「薬剤を注入して遺伝子を削り」という説明はざっくりしすぎているように思います。もう少し実験系をきちんと説明するとともに、そのメリットとデメリットをきちんと考えないと、大学院のレポートとしては足りないと思います。


Q:講義中、ステート遷移が取り上げられ、シアノバクテリアではフィコビリソ―ムがPSIとPSIIの間で移動しているとのことだった。また、シアノバクテリアの多数の系統のうち、3つの系統の8種はフィコビリソ―ムを失っているとのことであった。私のこれまでの認識としては、フィコビリソ―ムは効率的に光合成を行うための構造であり、持っていて損はないものだと思っていたので、複数の系統で恐らく何度もフィコビリソ―ムを失う進化が起こっていたのは意外であった。このような事実から、シアノバクテリアにおいて、ある環境の条件においてはフィコビリソ―ムを持っている必要性がなく、寧ろ邪魔な存在である可能性が推察される。また、ステート遷移という形を採用しており、PSIとPSIIに共存していないというのも着目すべき点であるように思う。なぜなら、フィコビリソ―ムの機能を考えた時に、あればあるほど効率的に光合成を進めてくれると考えられるので、両方ともフィコビリソ―ムを持つ種がいても良いのでは、と考えたからである。しかしながら、現実にはそのような現象は見られていない。その理由について考えてみると、フィコビリソ―ムの機能と構造が原因なのではないかと考えた。まず、機能について、確かにフィコビリソ―ムは光合成を効率的に進めてくれるが、「滞りなく」進めるという点での貢献面が大きく、シアノバクテリア側としては必要量あれば十分なのではないかと考えられる。次に、構造の面において、フィコビリソ―ムはコアやロッド、リンカータンパク質などが集合した複合体であり、PSⅠなどと比較してもかなり大きな構造体と言える。それ故、フィコビリソ―ムに対するコストも大きく必須でもない構造に対して数を増やすことはコスト面から厳しいと考えられる。また、単純な大きさの面からも数が大きすぎると流動性の低下などの不都合が起きるのではないかと考えられる。以上の点から、シアノバクテリアでは、ステート遷移によってフィコビリソ―ムを上手く流動的に活用することが最も適応的となっているのではないかと考える。

A:きちんと考えられていてよいと思います。やはりタンパク質合成は大きなコストになりますから、フィコビリソームが重荷になる環境条件というのは、いろいろあるように思います。実際に、窒素欠乏や硫黄欠乏の条件下で、フィコビリソームが選択的に分解される例が知られています。