植物生理生化学特論 第11回講義

光化学系Ⅰの光阻害、ステート遷移

第11回の講義では、先週に引き続き、低温感受性植物の低温ストレス下での光化学系Ⅰ光阻害について補足したのち、ステート遷移について解説しました。以下に寄せられたレポートとそれに対するコメントを載せておきます。


Q:アサクサノリの吸収スペクトルの作用スペクトルの形状の違いについて、波長400~450nmの範囲において吸収スペクトルでは高い値が見られるのに、作用スペクトルにはピークが見られない。波長400~450nmの範囲は、青紫色でありクロロフィルaが吸収する光であるため、アサクサノリはクロロフィルaを有していると考えられる。しかし、吸収された光エネルギーが効率的に反応中心へ到達しない場合、上手く光合成が出来ないことが考えられる。また、アサクサノリはクロロフィル以外にフィコビリンによって光を吸収しているため、フィコビリン中心の光合成作用を行っているのではないかと考えられる。

A:その場合、クロロフィルは何のためにたくさんあるのでしょうか?


Q:今回の講義では、アオサとアサクサノリの吸収スペクトルと作用スペクトルを比較する場面があった。アオサの吸収スペクトルは、光合成効率を表す作用スペクトルと概ね一致しており、クロロフィルが吸収した赤色光を光合成に利用していることが読み取れる。一方で、アサクサノリの吸収スペクトルは、ほぼ全ての可視光をしているが、作用スペクトルは緑色,青色でピークが見られ、フィコエリスリンが吸収する光を光合成に利用していることが読み取れる。では、アサクサノリはクロロフィルが吸収した赤色光(波長400-500 nm)を、どこで利用しているのか。クロロフィルは、光エネルギーを捕捉するアンテナ複合体と、光エネルギーを化学エネルギーに変換する反応中心に存在する。(文献)さらに、総合図説生物(第一学習社)の図では、赤色光と緑色光,青色光の吸収に差が見られなかったことから、アサクサノリに含まれるクロロフィルとフイコエリスリンが吸収する光量は同程度であることが読み取れる。つまり、光の吸収に関与しないクロロフィルが反応中心に存在することで、全体(クロロフィルとフィコエリスリンの和)に対するクロロフィルの光合成効率が低下したと考えられる。光の吸収海が深くなると、緑色光,青色光しか届かなくなることを考慮しても、海の深い所に生息するアサクサノリが、フィコエリスリンをアンテナ複合体に多く配置することは、光合成反応にとって合理的であると考えられる。
【参考文献】Bruce Alberts,Dennis Bray,Karen Hopkin,Alexander Johnson,Julian Lewis,Martin Raff,Keith Roberts,Peter Walter,Essential 細胞生物学(原書第4版),株式会社 南江堂

A:これも、「フィコエリスリンをアンテナ複合体に多く配置することは、光合成反応にとって合理的である」のはよいとしても、そうであれば、たくさんクロロフィルを結合する必要はない気がします。


Q:アサクサノリは紅藻の一種である。紅藻は一般的に深い所に多く生息し、クロロフィルa (430nm, 670nmで吸収極大) のほかに、フィコエリスリン(500~560nm で吸収極大)を多く含み、緑色光の吸収効率が高くなる。400~500nmにおいて、吸収スペクトルの値は高くなっているが、作用スペクトルの値は低く、形状が異なって見える。その波長域ではアンテナは働かず、クロロフィルaのみでの吸収となるため、500~700nmの波長域と比べて相対的に光合成効率が下がるのだと考える。

A:これも、クロロフィルaが光を吸収してそれを光合成に使いきれないのであれば、むしろ他のアンテナは必要ないということを意味するように思います。


Q:なぜアサクサノリではクロロフィルの吸収が大きい波長で、作用スペクトルが小さくなるのかについて2つの仮説を考えた。1つ目は、フィコビリンで吸収された光により得られたエネルギーはPSIにも移動できるために比重が重いのではないかというものである。クロロフィルとフィコビリンを両方持つ生物では、クロロフィルはPSIに結合していると習った。フィコビリンはPSIIの集光アンテナとしてはたらくが、ステート遷移によりPSIにエネルギーを分配できる。つまり、PSIでしか使えないエネルギーを作り出すクロロフィルよりもPSII、PSIどちらでも使われるエネルギーを作り出すフィコビリンの方が比重が重いのではないかと考えた。これに関しては、シアノバクテリアのΔrpaC株のように、ステート遷移をできないようにした際にもフィコビリンの作用スペクトルが大きいのかを見れば分かるのではないかと考えた。2つ目の仮説は、紅藻では優先的にフィコビリンが使われるようになっているのではないかという点である。前の授業で、フィコビリンは窒素を使うためにコスパが悪いと習った。そのため、光がよく当たる陸上植物では捨てられてきているが、紅藻では持ち続けている。このことから紅藻には、クロロフィルで吸収できるような波長の光が届きにくいのだろうと予想できる。その結果、効率的に光を吸収するためにフィコビリンで吸収した光を光合成に使うことを優先的にしているのではないかと考えた。では、例えば高温によりフィコビリンが壊れてしまった場合にはクロロフィルが優先的になるのかを検証することで「優先的に」フィコビリンが吸収した光を使っているのかを確かめることができると考えた。(例えばフィコビリン非存在下でクロロフィルを使えるのであれば、普段はフィコビリンを優先的に使っているだろうと考えられる。)

A:考えようという姿勢は感じられます。「比重が重い」という日本語が気になりますが、重要だというような意味で使っているのでしょうかね。1つ目の仮説で考えて欲しいのは、ステート遷移というのは環境が変動した際に光合成の状態を調節するメカニズムだということです。「ステート遷移をできないように」することはできますが、ある一つの状態を見ていても、ステート遷移の情報を得ることはできません。2つ目の仮説は、フィコビリンを使うこと自体は良いのですが、その際に、なぜクロロフィルを持ち続ける必要があるのか、という点を説明できないといけないと思います。


Q:Photoinhibition of Photosystem I: The lecture this week highlighted the specific conditions necessary for PSI photoinhibition, emphasizing the roles of light, temperature, and oxygen, which is a inspiring research field to me. In vivo studies showed that PSI is particularly vulnerable to photoinhibition in low-temperature sensitive plants when exposed to light and oxygen. Additionally, this vulnerability is due to the formation of ROS, which damage the PSI complexes. In vitro experiments with isolated thylakoid membranes demonstrated that even in cold-tolerant plants like spinach, PSI is able to be inhibited under similar conditions.
Impact of Reactive Oxygen Species: One of the critical impacts of photoinhibition on PSI is the production of ROS, which lead to the degradation of PSI. The lecture this week described how PSI reduces oxygen to form superoxide anions (O2-), which are then converted into hydrogen peroxide (H2O2). In the presence of reduced iron-sulfur clusters, H2O2 forms hydroxyl radicals (OH-), which are highly reactive and can cause severe damage to PSI.
Research presented in lecture this week demonstrated that ROS tends to target the electron acceptors of PSI, which leads to the loss of PSI activity. Those findings showed that ROS-mediated damage is not limited to the reaction center P-700, but extends to the surrounding electron transport components, meanwhile disrupting the electron flow.
Research Connections: Enhancement of PSI Stability and Reduction of ROS Production: Recent research efforts have focused on genetic and biotechnological approaches to enhance PSI stability and reduce ROS production. A study by Huang et al. (2020) explored the overexpression of antioxidant enzymes like superoxide dismutase (SOD) and catalase in transgenic Arabidopsis, which significantly improved PSI stability under stress conditions by scavenging ROS more effectively. What’s more, another study by Zhang et al. (2022) investigated the role of non-photochemical quenching (NPQ) mechanisms in protecting PSI from photoinhibition. By enhancing NPQ pathways, the transgenic plants were able to dissipate excess light energy as heat, reducing ROS formation and protecting PSI from damage.

A:As I have already said, the report that only summarizes the content of the lecture does not get a good evaluation. Furthermore, citation such as "Huang et al. (2020)" is not enough. It is necessary to give a full bibliographic information.


Q:ステート遷移には3種類存在し、どのメカニズムに関わる因子も強光や弱光など特定の培養条件下でのみ働くことを学んだ。つまり、因子がいくら発現しても特定の条件下でないと機能しない。私の研究では、シアノバクテリアのある時計遺伝子に関わる標的因子の探索の為に、その時計遺伝子の欠損株及び薬剤誘導発現株を用いたトランスクリプトーム解析を行い、発現差のある遺伝子から候補を絞る予定である。しかしここでPsaK2やRpaCのように、ある条件でしか働かない場合、適切な結果が得られないのではないだろうか。特に時計に関わる遺伝子は概日リズムによって発現制御されるため、時刻による機能の変化が考えられる。これを明らかにするために、薬剤誘導発現株の薬剤を投与する時刻を変えた時の時計遺伝子の機能調査をする必要がある。また、光条件の変化について今まで考えたことが無かったので他の条件変化による機能調査も行っていきたい。

A:確かに、概日リズムにかかわる因子のスクリーニングをしようとした際には、いつ実験をするか、という点は非常に重要になるでしょうね。なるほどと思いました。


Q:今回紹介があった論文で、葉に何かしらの処理を施すと日を追うごとに該当部分のみ褪色していく様子がみられる、という実験結果があった。今回の実験では低温の弱光下、という指定した特定の処理を施した結果の褪色であったが、実際の環境下などでは褪色がよくみられる現象である。例えば強光による葉焼けやその逆の日光不足、乾燥や根詰まりなど、様々な原因によって起こることから、もし実験において意図せず褪色が起きた場合、その原因を特定するにはいくつかの検証が必要になってくると考えた。この時、葉焼けなどによって褪色した葉は元には戻らないため再実験に時間を要すことから、あらかじめ実験に用いる植物の生育環境に対する育ち方を把握しておくのが良いと考えた。さらに褪色は様々な要因で起こりうることに加え、光の当たり方などでクロロフィル量は容易に変化することから、今回紹介があった論文のように一枚の葉で一部のみに処理を施しその差を比較する方法が最適であり、異なる葉や異なる個体同士の比較は適当ではないと考えられる。

A:考えているとは思いますが、ある意味で、それはそうだろうという感じがします。多くの人が同じことを考えるだろうことではなく、自分なりの考察を展開するようにしてください。


Q:今回の授業内で、クロレラを錠剤にして売り出したが、過剰摂取した人が日光アレルギーになったという話があった。これをうけて私は、学部時代の講義の内容であった「盗葉緑体現象」を思い出した。クロレラを過剰摂取した人には、なぜ盗葉緑体現象が起こらないのかという疑問が生まれた。そこで現在知られている盗葉緑体現象について調べると、以下のような記述が見られた。
 盗葉緑体性渦鞭毛虫Nusuttodinium aeruginosumの盗葉緑体現象(参考文献1):取り込まれた藻類核の多倍体化と転写制御能の喪失がおこる。
 チドリミドリガイPlakobranchus ocellatusの盗葉緑体現象(参考文献2):藻類が作った光合成タンパク質を長期間維持している可能性。どのような機構で盗葉緑体の光合成活性を支えているかは今後の研究課題です。
 上記のように、小さな水生生物は盗葉緑体現象を起こすものであることが分かっているが、その詳しい機構は明らかになっていないようである。 よって、人間で盗葉緑体現象が起こらない理由は現在はっきりとは分からないということが分かった。このことから、今後どのように研究を進めれば人間で盗葉緑体現象を起こすことが出来るかを考えた。人間で盗葉緑体現象を起こすためのアプローチ方法の1つとして、以下のことが出来ると考えた。
 ①どのような生物で盗葉緑体現象が起こっているのかを調べる、②その生物の共通点を見つけ、人間との乖離を調べる、③その乖離を埋める方法があれば実行する、④実行して出来なかった場合は、①からもう一度仮説検討をする
 もしこれを実行して人間でも盗葉緑体現象を起こせるようになれば、食糧難などの危機を減らすことが出来る可能性があると考えられる。
参考文献:1.Changes in the transcriptome, ploidy, and optimal light intensity of a cryptomonad upon integration into a kleptoplastic dinoflagellate. Ryo Onuma, Shunsuke Hirooka, Yu Kanesaki, Takayuki Fujiwara, Hirofumi Yoshikawa, Shin-ya Miyagishima. The ISME Journal (2020) DOI:10.1038/s41396-020-0693-4、2.Chloroplast acquisition without the gene transfer in kleptoplastic sea slugs, Plakobranchus ocellatus. Taro Maeda, Shunichi Takahashi, Takao Yoshida, Shigeru Shimamura, Yoshihiro Takaki, Yukiko Nagai, Atsushi Toyoda, Yutaka Suzuki, Asuka Arimoto, Hisaki Ishii, Nori Satoh, Tomoaki Nishiyama, Mitsuyasu Hasebe, Tadashi Maruyama, Jun Minagawa, Junichi Obokata, Shuji Shigenobu. https://doi.org/10.7554/eLife.60176

A:①から④となっている部分が、考察に相当するのだと思いますが、これは、ほとんどすべての実験に当てはまることであって、調べた盗葉緑体の情報がほとんど生かされていません。もう少し、自分で考察することが必要です。


Q:今回の講義ではステート遷移について学んだ。ステート遷移は3種類存在し、強光培養下ではPsaK2依存、弱光培養下ではRpaC依存と未知の因子依存のものがあるというこということだったが、弱光培養下では働く因子が2種類存在することに疑問を持った。ステート遷移は藻類で顕著に見られる調節機構であることから、陸上に存在植物に比べて元々の光強度の変動が小さく、弱光の中でより繊細にエネルギーの分配を調節する必要があるのかもしれない。しかし、植物によっては強光下でよく成長するものも存在していると考えられ、また一定であるとされている太陽光強度も実際は変動している可能性を考えると、強光培養下で働く因子が他にも存在する、もしくは顕現する可能性もあるかもしれない。

A:一般論としてはその通りですが、講義では、強光でのステート遷移にかかわるPsaK2を破壊するとステート遷移が見られなくなるというデータを出していたと思います。その場合、他に因子が存在するという仮説と整合しなくなると思いますから、その点についての考察が必要でしょう。


Q:今回の講義ではPsk2やRpaCがそれぞれ、強光化や弱光下で働いていることが紹介された。その中で、弱光下では、RpaCだけでなく、他の因子も働いていることが示唆されていた。つまり、少なくとも今回の講義の中では、強光下で働く因子が1つ、弱光下で働く因子が2つ以上ということである。この数の違いについて、高校での教育実習の経験から、高血糖時と低血糖時に働くホルモンの話を思い出した。高血糖時ではインスリンが、低血糖時にはアドレナリンやグルカゴン、糖質コルチコイドの3つが働くことが知られているが、こちらでも、低血糖に働くホルモンの方が種類が多くなっている。教科書では、低血糖時に働くホルモンを複数所持している個体の方が適応度が高くなるため、進化の過程で3つもつようになったのでは。という解説がされていたが、今回の講義でも同様の考え方を適用すると、次のような説明ができるのではないかと考える。自然環境下では、シアノバクテリアを含む光合成生物にとっては、強光よりも弱光環境で生き抜き、適応していくことが重要となっており、様々な段階において、弱光への適応機構を具えるようになった。一方で、対応する必要があるほどの強い光というのは、自然下ではそうそう多くなく、あまり発達しなかった。補足として、系統樹では1つのシアノバクテリアがPsk1やPsk2を持っているとのことだったが、私の所感としては、シアノバクテリアは極端な環境にも適応している種が多いため、適応過程においてPskを上手く利用、活用していく方向で進化していったのではないかと考えた。

A:これは、ある現象で見られた論理を別の現象に適用しているという点で評価できます。


Q:今回の授業では3種類のステート遷移があることについて学んだ。強光条件で起きるものが1種類、弱光条件で起きるものが2種類あるとのことであった。なぜ、弱光条件では2種類存在しているのだろうか。これは、弱光条件の場合のほうが植物の生育において不利な条件になるからではないだろうか。草本類などの背の低い植物や、水中の藻類などでは光が弱くなるような状態が多くなると考えられる。特に藻類では水中にあることでそもそも減光することに加え、水の濁りなどによって容易に弱光条件の状態が長く続くことがあると思われる。仮に、弱光条件で起きるステート遷移が1種類しかない場合は、その1種類にかかわる遺伝子に異常が起きると生育に途端に不利になってしまう。一方で2種類あると仮に、1種類が発現しなくてももう1種類は生きているのでステート遷移が起きる。これにより生育ができる。つまり、保険として弱光条件において2種類のステート遷移が存在するのであろう。強光条件に保険がかかっていない理由としては、そもそも強光にさらされるような状況が極めてまれであるためであろう。

A:これも、上のレポートとほぼ同じ論理を展開していて、弱光の重要性という点を中心に考えている点で、独自性もあってよいと思います。