シアノバクテリア遺伝子破壊株のゲノムワイドな表現型解析
尾崎 洋史
現在、様々な生物でゲノムの全塩基配列が明らかになり、そこにある遺伝子の数が見積もられています。ゲノムプロジェクトが完了した生物では、DNAマイクロアレイを用いてmRNA量がゲノムワイドに調べられています。また、プロテオーム解析やメタボローム解析も試みられていて、網羅的な研究が盛んに行われています。しかしながら、遺伝子機能をゲノムワイドに解析する方法は未だ存在していません。遺伝子機能の同定には変異体の特徴付けが重要な鍵を握っていますが、従来の方法では各変異体に対し個別に行わなければならず、この段階が遺伝子機能を解析する上で律速となっています。変異体のあらゆる機能の変化を反映する簡単に測定ができる表現型があれば、その表現型をゲノムワイドに測定することで律速段階が克服でき、ハイスループットな遺伝子機能解析ができると考えられます。その表現型の候補として、シアノバクテリアのクロロフィル蛍光に着目しました。
シアノバクテリアは植物のように光合成を行いますが、体のつくりが大きく異なっています。植物は細胞の中を様々な区画に分けていて、光合成は葉緑体の中で行われます(図1左側)。一方、シアノバクテリアの細胞には葉緑体がなく、光合成の場は区切られていません(図1右側)。このため、シアノバクテリアでは、細胞の状態が光合成の状態に影響を与えると考えられます。光合成に利用できる光を照射すると、植物の葉から赤い蛍光(クロロフィル蛍光)が出ることが知られていて、クロロフィル蛍光は光合成電子伝達鎖の酸化還元状態を反映していると考えられています(図2)。シアノバクテリアの場合も、光照射をするとクロロフィル蛍光を発し、それは光合成電子伝達の状態を反映していると考えられています。植物のクロロフィル蛍光と、シアノバクテリアのクロロフィル蛍光を比べてみると、次のようになります。
植物:光合成反応系は葉緑体に隔離されているので、クロロフィル蛍光は光合成電子伝達鎖の酸化還元状態を反映する。
シアノバクテリア:光合成反応系は様々な細胞内の状態に左右されるので、クロロフィル蛍光は光合成電子伝達鎖の酸化還元状態を介して細胞内の状態を反映する。
実際に変異株のクロロフィル蛍光を野生型のものと比べてみると、違いが見られました(図3)。今後は多くの変異体のクロロフィル蛍光を測定し、機能が既知の遺伝子が破壊された変異株を指標に機能とクロロフィル蛍光挙動を関連づけ、クロロフィル蛍光挙動による遺伝子機能予測システムの構築を目指しています。